捜査の現場では
私は昨年警察を辞め、会計事務所を開業したのですが、十年間犯罪捜査の現場にいたおかげで、そうめったなことでは驚いたりたじろいだりしなくなってしまいました。
外資系の監査法人に勤めていた頃は、日本やらアメリカやらの会計基準を厳密に適用して決算書を作成することが当り前でしたし、一つの会社には一つの決算書しかありませんでした。
ところが犯罪捜査の現場で見る決算書は、会計基準がどうのこうの、などというものではありません。満足に減価償却を行っている会社などはまずありませんし、強制捜査、いわゆる『ガサいれ』にいけば、例外なく同じ年の、数字の違う決算書が二種類も三種類も出てくるのです。
正しいか正しくないかは別として、会社の決算書を捜査に使う場合は、必ず税務申告書に添付してある決算書を使います。なぜなら、税務申告書に添付してある決算書は、とりあえず現金出納帳と繋がっているからなのです。
ところが税務申告書に添付してある決算書も、会計基準などあったものではありません。税額計算だけを志向した決算ですから、利益は減価償却で調節していますし、事情聴取を始めれば、簿外資産や簿外負債がぞろぞろ出てくるのです。
『財務捜査官』になったときは、ガムテープでぐるぐる巻きにしたマイクを向けられたりして、随分派手に報道されたのですが、いつしか人の記憶からも消え、全く普通の刑事と同じように行動していました。私が素知らぬ顔で、そんな決算書のことについて事情聴取を行うと、経理担当者や街の先生がとつとつと『現実』というものを教えてくれます。ところが私が一寸突っ込むと、一様に『う〜ん』と口ごもってしまうのです。
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