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寄 稿

ルールのない試合(別に犯人探しをしているわけじゃないのですが)

 ところが、こんなへなへなの決算書が、税務申告書に添付され、行政に提出され、金融機関で貸出審査に付されているのです。なんとも困ったことに、「使い道が違うのだから、用途に合った、それぞれ異なる決算書を提出すればいい」と考えている人が多いようなのです。
 笑いごとではありません。だからガサに行く度にいくつもいくつも違う決算書が出てきますし、事件のたびに行政や金融機関から「まさかそんな実態だとは思いもよりませんでした」という供述調書を取らなければならなくなるのです。
 上場企業で粉飾決算事件になるような、程度の高い話ではありません。こうした決算書は、殆どの場合誰かが一人でエンピツをなめなめ作っているものです。私が見た中で一番ひどかったのは、税務申告書添付の決算書以外に、行政用、金融機関用、職員用の三種類の決算書を一○年以上作っていたケースです。
 行政に赤字がばれないように、嘘の決算書を作ったのが最初なのですが、金融機関に出すにはまだ利益が足りない、ということでもう一つ、職員にこんな決算書を見せたら危機感がなくなる、かといって本物を見せたらみんな辞めてしまう、ということでもう一つ、都合四種類の決算書を毎期作成していたわけです。気持ちは確かに分かるのですが、えらく悪質に見えます。
 何でそんな話があちらこちらで出てくるのかといえば、実は見る側にも責任があると思うのです。税務署は税金が取れるかどうかだけが問題ですから、例えば減価償却をやらなければ、それだけ利益が増えるわけで万々歳。行政は決算書のお尻が赤字だと決裁が通しにくい、という点だけが問題で、どんな会計処理をしているかなど問題ではない。金融機関は与信額が保全できていれば、業績などどうでもいい―。
 そんな時代が長い間続いてきたので、決算書を提出する側は、会計基準という決算書作成のルールより、自分勝手な『現実』を大事にしてきたのです。どこの会社も一見同じような決算書を作りますが、その実、作成に当たっての最低限のルールすら守られていないものが多いのです。
 ならば「俺の会社の決算なんだから、俺が好きにしてもいいだろう」と啖呵を切る人が一人くらいいてもいいと思うのですが、そんな人は見たことも聞いたこともないのです。そう、「自分がルールを守っていない」ということは、おぼろげながら気付いていて、後ろめたい気持ちがあるのです。



中小企業静岡(2005年3月号No.616)