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 多士済済 
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 十一月一○日、静岡市で行われた中央会創立五○周年記念表彰式典で、最高位の組合功労者・中小企業庁長官表彰を受賞。家具業界のリーダーとして、県内はもとより全国規模の活躍が高く評価された。
 昭和五五年、県家具工業組合の理事に就任。平成四年からは副理事長に、同十二年には理事長に就任した。このとき、既に不況の只中にあり、「一言、大変な時期に引き受けてしまった」というのが、偽りのない心境だった。しかし、持ち前の責任感が頭をもたげ、これまで一線に立って指揮した自社の営業を一切降りて、組合トップの大役に挑んだ。また今年は、社団法人全国家具工業組合連合会副会長として「にっぽんらいふ展」をパシフィコ横浜で開催し、大盛況に導いた。
 業界不振。最大の理由は、いうまでもなく東南アジアからの安価な輸入家具の台頭だ。現地にも先進の加工機が導入され始め、かつて課題とされた仕上がりの面でも国産に対抗しうるレベルに近づいてきた。
 だが、対抗手段はある。
「相手は、全てが機械による大量生産で個性に乏しい。ぼちぼち飽きがきているのも確かだ」。


組中小企業庁長官表彰を受賞 
デザイン強化で 
家具産地復活にかける 
     クローズアップインタビュー 
静岡県家具工業組合 
理事長 
大村 栄一 氏 

 近年、組合がデザインにこだわるのは、差別化による産地静岡のブランド復活にある。昨年より、「デザインイズパワー」をテーマに掲げ、新規デザイナーの発掘に努めるなど斬新な企画を打ち出した背景がここにある。今年、六月に開催した「KAGUメッセ」は、出店組合員数七七社、来場社数一三五五社、来場人数一万七千人と組合員の販路開拓や新作のテストケースとしてなくてはならない催事に成長した。 
 昭和三六年、大学卒業と同時に東京の大手家具問屋に就職。十畳の和室に十二人が住みこみ、朝六時から夜九時までの修行に逃げ出す同僚も多い中、二年余の任期を全うし家業のヤマカ産業株式会社に就職した。
「絶対に途中では帰れなかった。木製・家庭日用品問屋として小物家具が主流を占めたわが社を、当時隆盛を極めた一般家具へと転換させたい思いがあったんです」。
 昭和四四年には、志太郡岡部町に工場を建設。卸から家具メーカーへと転進を図った。「シンプルモダン」なデザインと多様性・完成度の高さなどで、廉価な輸入家具に対抗する。
 好きな言葉は「和衷共済」。心を合わせ助け合い、一致協力して仕事をする。そこに事業家としての成功哲学をみる。写真が趣味で、静岡二科展では、五年連続して入選を果たす腕前だ。




中小企業静岡(2005年12月号No.625)